おかいもの

 バン。

 そして数えること、1、2、3、4、5。

 パタン。

「…」
 業務用よろしくな大きな冷蔵庫のステンレスの扉に手を掛けたままのカオリ。
「…」

 パン。

 そして再び数えること、1、2、3、4、5。

 バタン。

 何もない。
 いや、あるのだ。
 足元のダンボールにはたまねぎやじゃがいも、サツマイモがまだある。

「…」

 肉がない。
 肉。豚でもない。鳥でもない。牛。ビーフなんてシャレた言い方もする。
 レタスはないがキャベツはある。
 ワカメがない。
 ハムは今朝使い切っちゃった。
 缶詰は…たしかあったようななかったような。

 食料の補充はまだ少し先。
 追加は自腹です。

「…」

 シチューが食べたい。
 シチューじゃなきゃヤダ。
 今日はシチューなの。

 とはいえ、そこに深い意味はない。

「…」

 ごそごそと棚の横にある缶詰を入れたままのダンボールをかき回すと、すくっと立ち上がった。

 カツカツときりりとした足音を響かせて、カオリは調理場を出て行った。
 そして食堂にきゅきゅっとホワイトボード用のマーカーの滑る音。

   おるすばん、よろしく

                カオリ

                      』


    *


 ベースキャンプから車を走らせること1時間。
 時速80キロほどで夏草が萌えてまぶしい草原を突っ切る街道を走り抜けると、そこにはベースキャンプから最も近い大きな街。

 もうすぐお昼時。
 街はなんちゃって小康状態の戦時下で必ずしも景気がいいとは言えないが、それでも行きかう車や働く人々は忙しない。なにもかもが疲れきっているというわけではなく、それを見せまいとするしぶとさ。
 風を受けながら、ニンゲンってすごいもんだなと、リカはふと思った。

 幌を外したジープの上には燦燦と輝く夏の太陽。
 日焼け防止のささやかな抵抗としてかぶった“TEAM OTOME”のロゴの入った迷彩キャップのつばをぐっと引き下げて、うつむき加減でハンドルを握るリカ。
 助手席ではきゃっきゃとはしゃぐノゾミ。
 基地から出ることはあまりないし、出かけるといえば戦場ぐらい。はしゃぐのはわかるし、そんなノゾミの姿はかわいい。

 しかし…だ。

 はぁ…とため息をついた。
 通りを歩く人たちの目がジープを追いかける。
 聞こえる「ひゅ〜」という口笛と羨望。舐めるような視線。
 リカはもう一度ため息をついた。
「ねぇ…。カオたん」
「ん?」
「やっぱり…帰りは屋根つけようよぉ」
 ミラー越しに後部座席の中央で優雅に風を受けるカオリに情けない声で訴える。
 ノゾミはくるっと後ろを向くと、ちょこんと首をかしげた。
 カオリはゆったりと微笑み返してよしよしとノゾミの頭を撫でると、助手席と運転席に腕を置いて間から顔を出した。
「なんでよぉ。キモチいいじゃん。ねぇ、ノンちゃん」
「うん。カオリ、かっこいいよ」
「そぉなんだけど…」

 ティアドロップ型の緑がかった黒いガラスレンズにゴールドの細いフレーム。
 しなやかな女性らしい曲線をほのめかす軍支給のサンドカラーのチノシャツの下の真っ白なTシャツが眩しい。
 時速60キロ強の風に戯れる艶やかな長い髪。それを白く細いキレイな指でゆっくりと掻き揚げて…。

 目立ちすぎだよ……。
 誇らしい反面、さっきから感じる男達の熱い視線。
 ビーチならぬ街道中は、そりゃもう大騒ぎさ。

 大きなダンボールを持った若い男の子がほけーっとカオリを見つめている。
 手を振ってあげようとしたら、
「カオたん!」
 リカの厳しい声。
 仕方ないので、すれ違いざまにウインクをしてあげた。
 ぽっと赤くなる男の子。ふらーっとダンボールが零れ落ちそうになって慌てて持ち直す。
 まるで絵に描いたようなリアクションに、カオリはクスクスっと微笑んだ。
「…もぅ…」
 きれいなお姉さんが嫌いな子なんて、いるわけないじゃない。
 リカはダークブラウンのレンズが入った小ぶりのオーバル型のサングラスのブリッジを指で押し上げた。
 カオリはリカのキャップをひょいと取り上げて逆向きにかぶると、傍らに置いた軍支給のサンドカラーのテンガロンをぼすっとリカの頭に乗っけた。
「あのねぇ。あたしだけじゃないんだからね。目立つの」
「そーかなぁ」
「そーだよ。あんただってじゅーぶん見られてんだから」
 んー。言われて見れば、なんかちくちくと感じないわけでもない。
 ちらり目線を横に流したら、自分と同い年くらいの男の子がぴくっと体を震わせて真っ赤になった。
「…」
「ほらね」
「…うん」
 まだ立ちすくんで真っ赤になっている男の子の姿を映し出すミラー。遠ざかっていくその姿にリカは困ったように微笑んだ。
 それに、ノゾミだって十分にかわいい。
「カオリン、飲む?」
 途中でカオリが買ってあげた無果汁のオレンジジュースをにかっと差し出す。
 無邪気な笑顔から覗き見えた八重歯がどう見れば17歳なのかと思うほどかわいらしい。
「うん。ありがと。のんちゃん」
 買ってあげたのはカオリなのだが、そんなのどうでもよくなるノゾミの笑顔は無敵である。

 普段は厳ついヤローどもしか乗ってない軍のジープに乙女が、しかも3人。
 そりゃあ、足も止まるだろう。
 ましてそれが噂に名高い最前線の7本の薔薇、通称おとめ隊なのでは…とあったなら。

 そんなこととは露知らず、男達の視線釘付けな罪な女たちを乗せて、ジープは街の市場へと向かっていった。


   *


 戦争が6年も続いていれば、それなりに日々の暮らしにも影は落ちてくる。
 それでも人々は終わりの見えない踏ん張りどころの毎日をくじけないように笑って見せる。
 きっとそれは精一杯の強がりで、だからこそ、この国を守りたい。
 そんな強がりを目の当たりにしたからこそ、一刻も早く終わらせたい。
 軍用のシャツの下でトクトクと働く心臓がそんなことを考えさせる。

 市場をにぎわす威勢のいい声。
 山の幸にも恵まれた国だから、並べられた鮮やかな野菜と果物は華やかで、旬のきゅうりはぴちぴちとしっかり張っていて、真っ赤に熟れたトマトもなんだか魅惑的。
「キレイな軍人さん。まけとくよぉ!」
 そんな声ににっこりと微笑んで、カオリは一通り市場を歩き回る。
「どうだい? おじょうちゃん。食べてごらん?」
 なんて声がかかるから、リカは放っておくとどっかに飛んで行きそうなノゾミの手を繋いで、しっかりとカオリのチノシャツの裾を掴んで後ろを着いていく。
「んふ。おいしー!」
 マグロの切り身。ゆでたタコの足。朝採れたてのきゅうりをかじり、かぶりついた真っ赤なトマトは何もつけなくても甘かった。
 野菜って、こんなにおいしいんだと知った17の夏。
 にかっと微笑んで店のオジサンたちを虜にしたノゾミは上機嫌でもらったご馳走を平らげていく。もちろん、そのごしょーばんにあずかるカオリとリカ。
「あー。のんちゃんのおかげでどこで買っていいかわかんないよ」
 カオリは軽くあぶった牛肉の切り身を頬張ってニコニコ顔のノゾミの頭を撫でる。
「いいじゃん。全部買っちゃえば」
「そうなんだけどね。配給とは別だから、自分でお金出すんだよ? のんちゃん」
「いいよ。のん、今お財布持ってないけど」
 さすがつじねぇさん、太っ腹…とリカとカオリが目を丸くする。そして、顔を見合うと、参ったね…と笑った。
 リカもとりあえず財布の中を一応確認すると、
「カオたん。あたしも少しくらいなら出せるよ」
「あれ。珍しい。いいの?」
「もう。珍しいって…。いいよ。カオたんのお料理おいしいもん。だから、ね?」
 って、首を傾げて甘えたように見上げてくるから、カオリは肩を抱き寄せると、
「よっし。じゃあ、はりきっちゃうぞー!」
 くるりと体の向きを変えて市場の中へと戻っていった。

 にぎやかな声。
 行きかう人々のやり取りも威勢がいいし、聞いていても楽しい。
 “生活”がここにある、そんな気がした。
 カオリはリカとノゾミと手を繋いで目的の店まで歩きながら、まずはこの空気を目と耳で楽しむ。

「おいしいよ!」
「はいよ! まいどっ!」
「っし。これもつけちゃおうかな」
「あぁ。だったらこれがいいねぇ。これをね、…そうそう。こうしてさ…」
「ハイ! いらっしゃいっ!」

 威勢のいいやり取りと駆け引きを楽しんで市場を出てくる3人。
 リカが抱えた紙袋には零れんばかりに野菜。
 カオリの左肩には氷を詰めてもらった肉と魚の入ったスチロールの箱。そして右肩に担いだこれまた野菜の入ったダンボール。
 ノゾミは調味料や缶詰の入った紙袋を抱えていた。
「なんとか間に合ったよ。お金」
 ジープに戻ると、カオリは後部座席に紙袋を置いたノゾミにダンボールの箱を取らせると、発泡スチロールの箱を運転席の陰になるように下に置いた。
「いっぱいまけてもらったもんね」
 と、リカが紙袋を同じように後部座席においてノゾミに向かって微笑む。
 カオリも目を細めて笑った。
「のんちゃんのおかげだね」
「へへへー」

   リカは運転手。ノゾミは出かる直前にたまたま会って、
  『一緒に行く?』
  『うんっ!』
   っていう簡潔なやりとりで着いてきただけ。

 終わってみれば、大活躍。
 当の本人は照れくさそうに笑っている。

「カオたん。これで終わり?」
「うん。買い忘れはないと思うんだけど…」
 ダンボールの中と紙袋をごそごそと確認するカオリとリカ。

 むうっと見上げた空は太陽が頑張ってるおかげでカンカン照り。
 ふうっとノゾミは息を着いて、なんとなく辺りを見回した。
「ん?」
 はたはたと頼りない風に揺れるのぼり。
 その横、店の前にぽつんと横に長い冷蔵庫。
「ふぅん」
 ノゾミはにっと笑った。

「えーと。大丈夫だね」
「うん。じゃあ、帰ろっか」
 と、カオリが腰に手を当ててよいしょと屈んでいた腰を伸ばすと、
「あれ? のんちゃんは?」
 いない?
 きょろきょろと見回すけど、さっきまで隣にいた八重歯がかわいいおこちゃまな17歳の姿がない。
「さっきまでここに…」
 リカもぐるりと辺りを見回して、
「あっ!」
 っと指をさした。
 指し示す方には横長の業務用冷蔵庫を覗き込むサンドカラーの半袖のチノシャツを着た小さな後姿。
 カオリは看板の『菓子問屋 ヤマモト商店』の文字を見て困ったように微笑んだ。

「みんなにはナイショだよ」


     *


 時速80キロ強でまた草原の中の街道をジープが駆け抜ける。
 考えてみれば生ものがあるわけで帰りは屋根をつけた。
 日陰に少しぬるい風がキモチがいい。そのせいか、長方形のラクトアイスを食べてはしゃいでいたノゾミはシートに体を預けて夢の中。
 二つのシートの間から顔を覗かせて、カオリはそっとノゾミの頬に触れた。
「のんちゃん、すっごく楽しかったみたいだね」
「うん。あんまりないもんね。こういうこと」
「そうだねぇ。みんなで来たら、もっと楽しんだろうけどね」
「ふふ。そしたら、カオたん疲れちゃうかもね」
「そうだねぇ。マコトとのんちゃんが一緒になったら倍くらいにぎやかだし、二人にそれとサユも食べるのすきだしね」
 すーすーと穏やかな寝息のノゾミ。
 暴走しかけるところをリカとミキが慌てて押さえ込んで、気がついたらレイナがはぐれてて、探しに戻ったらサユミが消えてて…。
「まぁ、それはそれで楽しいんだけどね」
 サユミが見つかったと思ったら、のんびりとこれおいしいですよぉ、なんて言われて…。
「たまには…戦場以外の所にも連れてってあげたいからね」
 カオリは風に揺れるノゾミのかっちりとした前髪をいじりながら呟いた。

 弾が飛び、悲鳴が飛び、人が飛ぶ。
 硝煙の臭いと乾いた土の香り。むせ返る血の臭い。
 それが自分達のもう一つの居場所。
 それが今、自分達が一番よく知っている場所。

 体を張って、命をさらして…。
 それでも、そこは自分で望んで向かった場所。

「だって、疲れちゃうでしょ。それに、ほら。社会勉強もしないとね」

 軍人だって人間で、まして花もたぶん恥らう乙女たち。
 たとえ望んだからって、息抜きの一つもないとどんなにキレイな花だって枯れてしまう。

「ふふっ。そうだね」
 ミラー越しに微笑みかけたら、カオリから返ってきたやわらかい笑顔。

 流れる緑が目にまぶしい。
 その先には悠然と広がる青。
 雲ひとつない快晴な空で太陽が威張っている。

 カーステレオから流れる軽快なテンポのサマーソングをカオリが口ずさんで、リカはなんとなくそれを聴きながら軽やかにジープを走らせる。
「カオたん」
「ん?」
「何作るの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「うん。聞いてないよ。でも、なんとなく…これかなぁっていうのはわかるけど」
「じゃあ、当ててみて?」
 クスクスと笑いながら、カオリが身を乗り出す。
 リカはちらりと目をやった。
「シチュー?」
「さぁ…どうでしょう…」
 といって、ドルルルルルル…と自分でドラムロールの音をつけると、
「ピンポーン。ビーフシチューでーす!」
 すると…、
「んー。しちゅぅ?」
 ノゾミがむっくりと起き上がった。
「おはよ。のんちゃん」
「うん…。…寝ちゃった」
「キモチよさそうだったね。のの」
「うん…」
 ふわぁ…と大きなあくびが一つ。
 ふふ…。シチューって言葉が出てきて目が覚めるなんて、なんかのんちゃんらしいね。
 カオリがやわらかい手つきで撫でてあげると、てへっととろけるように笑うノゾミ。
 フロントガラスの向こうに、陽炎に揺らめいたベースキャンプの姿が見えてきていた。


  *


 トントントン。

 にぎやかな包丁の音。
 ミキが調理場を覗き込むと、
「リカ、これも切っといて」
「はぁ〜い」
 リカはにんじんを受け取ると、手早くピラーで皮を剥いて半分に割り、ざくざくと乱切りにしていく。
 カオリはジャガイモの皮を剥きながら、
「だいぶ上手くなったじゃん」
「えへっ。最近はカオたんのお手伝いしてるからね」
 と嬉しそうに笑うリカにやわらかく微笑んだと思ったら、
「こらー! のんちゃんっ!」
 サラダに使うハムを失敬していたノゾミを怒鳴り飛ばした。
「もぉ。お手伝いしないんならマコトと遊んでらっしゃい」
「えー。だってマコト相手してくんないんだもん」
 そういえば、またラブレター書いてたっけ…と、便箋を片手にサクラの木の下にいたのを思い出したミキ。
「ほら。のんちゃん、だったらこれ切って」
「はぁ〜い」
 まるで母親のようなカオリについ笑みが零れる。
 その隣で一生懸命手伝うリカはかわいくて、なんか微笑ましい。
 まるで新婚のだんなさんみたい…。
 そんな自分につい苦笑いするミキ。
 そこに、
「ミキ!」
「はいっ!」
「おいで。楽しいよ」
 と、カオリに手招きで呼ばれた。
 のそのそと中に入っていくと、包丁を置いたリカからエプロンを受け取って、ついでに後ろを結んでもらう。

 トントントントン。
 トントントントン。

 並んで黙々と下ごしらえに頑張るカオリ、リカ、ミキ。
 ノゾミは気がついたら外でマコトと遊んでいた。
 カオリが手馴れたスピードで、
「このワカメ、わっ! 噛めん」
 なんて駄洒落を交えながらサクサクと進めていく。
 その駄洒落を聞き流し、時に苦笑いしてリカとミキもなんとかこなしていく。

 しばらくすれば煮込まれたスープのいい香り。

「ねぇ。カオたん。何でシチューなの?」
「しかもビーフですよね。ミキ的には何の問題もないですけど」
 そしたら、ふんわりと優美な微笑みと一緒に返ってきた、
「食べたかったから」
 と、一言。
 リカとミキはらしいな…と顔を見合って笑った。

 煮込んだ野菜が柔らかくなったのを確認すると、デミグラスの缶を開けた。
 そして隠していたカオリの“いいことあった日の晩酌用”の残りのワイン少しだけを入れて大人の味に仕上げると、ぴょこっと調理場を覗き込む4つの顔。
 わくわくが溢れだしている4人にくすりと笑いかけて、隠し味を少々。
 ふと開きっ放しの勝手口の向こうを見れば、黄昏色の空。
 真夏に煮込みの料理の厨房の蒸し暑さに、カオリは額の汗をぬぐった。

「さっ。ゴハンにしよっか!」
 食卓に立ち上る白い湯気。
 それは幸せの証。
 一つのテーブルを今日はなんだか7人で囲んでみた。

 少しトマト酸味の利いたデミグラスソースに隠し味のハチミツでほんのり甘く食べやすく。オトナの味にちょっとだけコドモの風味。
「なんか…カオたんみたい」
 一口食べて「おいし」と微笑んだリカがそう言うと、ミキもこくりとうなずいた。
 寸胴を置いた隣のテーブルではマコトとノゾミが激しいおかわり争いを繰り広げ、そこにのんびりとサユミが参戦して三つ巴の争いになっている。
 そんな3人にどこか圧倒されつつ、黙々と食べるレイナに、
「レイナ、おいし?」
 とリカが尋ねたら、
「はいっ! おいしーです!」
 なんて妙に声を張って答えるから、ミキがくっくっくっとおなかを押さえて笑いだした。
 むうっと真っ赤になるレイナ。
「なっ! 何笑っとーよ! みきねぇっ」
「だっ…だってさぁ。ねぇ。リカちゃん」
 話を振られたリカはというと、頭に『?』を乗っけてきょとんとしている。
 リカはなんかよくわからないけどとりあえず笑うと、噛み切る必要がないくらいにやわらかくなった肉が乗ったスプーンをそっと持ち上げてミキに見せた。
「ミキちゃん。いる?」
「うんっ!」
「はい。あーん」
「あーん」
 なんていうやり取りを、ちょっと面白くなさそうに見つめるレイナ。
 ったく…バカップルっちゃ…。
 なんて思っていたら、
「ほら。レイナ」
 自分の口元に向けられた肉がちょこんと鎮座ましますスプーンにどぎまぎ。ちらりと前を見たらミキがニヤニヤと笑っていた。
「あーん」
 って言うリカの声にドキドキを隠しながらおとなしく口を開けると、そっと滑り込んできた肉。
「おいひーです」
 って言ったら、返ってきたやわらかい微笑。

 零れんばかりによそって戻ってくるノゾミ。
 マコトはついでにパンもおかわり。
「また太るよぉ」
 ってミキが言うと、
「大丈夫です。走りますから」
 と、真顔できっぱり。キラリと光った目。
 レイナとのやり取りを何気に見ていたサユミもリカにあーんって食べさせてもらって、へへへっと笑っている。

 熱帯夜な食堂の中をなんとなく涼しい扇風機の風が通る。
 額に汗して食べるビーフシチュー。

 いいなぁ。
 シチューって、たまには夏でもいいよね。
 みんな楽しそう。よかった。
 頬杖を突いて楽しそうな部下の姿を眺めていたカオリだが、ふと思い立つ。

 明日はそうめんにしよう。
 お昼はそうめん。
 だって夏一番の人気者。

 そしてそのまま交信に突入するカオリ。
 ふと、我に返った頃には寸胴の中身はキレイになくなっていた。

 デザートはお手製のチーズケーキ。
 やっぱりそこは女の子。
 一気に華やぐ表情。
 ノゾミの厳しい監視下の元、均等に切り分ける。
 シチューはたまたま食べたかっただけだが、このケーキには意味がある。
「サユ、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!」
「おめでとう。サユ」
 紅茶で乾杯して、15歳を祝うささやかなパーティに様変わりするデザートタイム。
 先月のノゾミの時は様子を見に来たユウコが差し入れたシフォンケーキだった。
 ろうそくはないけれど、
「ハッピ、バァスデートゥ〜ユゥ〜」
 仲間たちの明るい歌声。
 サユミはちょっと頬を赤くして、だけど満開に笑顔を咲かせてかしこまっている。
 歌声は食堂の開け放たれた窓を飛び出して真っ暗な夜の中へ。

 きらりきらりと瞬いた夏の星座。

 カオリのチノシャツの胸ポケットにはラクトアイスの棒。
 そこに書かれたホームランの文字。
 あたりは買ったお店で取り替えましょう。
 今度はみんなでお買い物だね。
 たまには出撃以外で全員ででかけたっていいじゃない。

 蒸し暑い夏の夜はなんだかやさしさに包まれているようだった。

 

 

(2004/7/18)

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