シャボン玉

 新しい朝が来て、洗濯機がごうんごうんと回る午前9時。

 ザバーッ。
 ザバーッ。

 おととい戦闘を終えた7着の迷彩服とその他がぐるんぐるんと回っている。
 灰色の泥水の真ん中に白い泡の固まり。
 洗濯当番で兵舎の勝手口の角にある二層式洗濯機を見つめていたマコトは、ふと、勝手口へと向かっていく。
 ノゾミがむうっと唇をちょっとだけ尖らせてマコトの後姿を目で追いかける。
「マコト?」
「すぐ戻るー」
 パタンとドアが閉まる。
 とりあえず洗濯層を見てるのも飽きたから、ガタガタとはっちゃけてる洗濯機から少し離れてぺたんと地べたに胡坐をかいて座った。

 雲がのんびりと流れては、ノゾミの上に影を落として兵舎の屋根の向こうに消えていく。
 南からやや東よりに流れている風は短い草と土の香りがした。
 グランドのような空き地のような広場の向こう、約150m先辺りではリカが走っている。たぶんぼちぼち3周目くらい。ミキがからかいながら追い抜いて、ダッシュで追いかける。
「あーあー。バテるのに…」
 リカとミキの日課の訓練そっちのけになりつつある追いかけっこを目で追っていると、パタンと後ろの方で音がした。
「マコト?」
「へへへー。お待たせー」
 手には水の入った小さな広口のビン−たしかおとといまでメンマが入ってた−とストロー。そしてはさみ。
「なに? それ」
「うん。これはねー」
 マコトは洗濯機の傍らのバケツに入っている洗濯用具一式の中から、粉石けんと洗濯糊を取り出すと、ビンのふたを開けて目分量で粉石けんと洗濯糊を入れた。
「まぁ、見てのおたのしみってゆーことで」
「っていうか、シャボン玉?」
 ノゾミがビンを指差すと、
「ピンポンピンポ〜ン! あれ? わかっちゃった?」
「だって洗剤入れたじゃん」
「あ。そっか。そーだよね」
 ふたを閉めてびんをしゃかしゃかと振りながら、マコトもノゾミの隣に腰を下ろした。
「上手くいくかわかんないんだけどね」
「そーなの?」
「うん。本当は台所の洗剤がいいんだけどね、洗濯機見てたらこっちがいいなぁって思って」
「ふーん。っていうか、台所のの方がいいんだぁ」
「らしいよ。アサミちゃんが言ってた」
「ふーん」

 しゃかしゃかしゃか。
 しゃかしゃかしゃか。

「マコト」
「な〜にぃ?」
[ノンもやっていい?」
 ビンを振る手振りするノゾミ。
「いいよぉ。おもいっきし混ぜちゃってください」
「おもいっきしね。おっけぇー」
 マコトからビンを受け取ると、スロットル全開といわんばかりに激しく腕を振った。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか!
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか!

「うぉぉぉー! のんつぁん、はやーっ!」

 時間にして2分50秒。

「どーだぁ! ハイ」
 マコトにビンを返す。
「ありがとー。じゃ、泡が引くまで少々お待ちください」
「はーい。うはー! 楽しみっ」
「だねーっ」

 びぃーーーっ!

「あっ! 終わったみたいだよ」
 マコトが立ち上がる。
 ノゾミもぴょんと立ち上がった。
「次なんだっけ?」
「次はぁ、脱水して、それからすすぎ」

 動きが止まった灰色の水が揺れる洗濯層。
 コックを排水にすると、マコトがザバッと腕を入れて、ザバッと脱水層に移し替える。
 脱水層に滑り込んだ迷彩服やTシャツをノゾミがぎゅうっと押し込む。
 眩しい空の青さは今日一日がとても暑くなる予感を感じさせる。そのせいか水の冷たさがキモチいい。
 移し終えてパタンとふたを締めると、タイマーをセットした。

 ガン! ゴン!

 脱水層がよろけながら…。

 ガガガガガガガガ…!

 回転数を上げていく。
 マコトとノゾミはまた元のところへ戻ってぺたんと座った。
 マコトはさっそく泡の量が少しだけ落ち着いた石鹸水のピンのふたを開けた。
「どう?」
 ノゾミがビンを覗き込む。
 マコトは先端に4つの切込みを入れると少しだけ外に折って開き、石鹸水の中に差し込んで一度攪拌する。
 ぐるぐると5周ほどさせると、そっとストローをピンから取り出して切込みを入れてない反対側を銜えた。
 ふーっと、ゆっくりと静かに息を送り込む。
「ありゃ」
 ぱふっと泡がストローの先から零れた。
「うーん。だめなのかなぁ」
 マコトはもう一度石鹸水にストローを浸すと、ゆっくりと取り出して、そっとストローを銜えた。
「あっ…」
 またも、ぱふっと泡だけが零れる石鹸水。
 ぐりぐりと中をもう一度攪拌すると、
「のんにもやらせて」
「いいよ」
 ストローを渡すと、ノゾミはうりゃーと気合一発。えらい勢いでかき混ぜた。
「よし!」
 そっとストローを石鹸水から出して銜える。
 どきどきとストローの先割れた先端を見守るマコト。

 びぃーーーーっ!

 ぽふっと泡がビンの中に飛び込んだ。
「あぁーっ…」
 ノゾミが肩を落とす。
 マコトはとりあえず洗濯機に呼ばれたのでそっちに向かった。

 いちおー片栗粉も入れてきたし、ちょっとだけ台所洗剤入ってんだけどなぁ。砂糖も入れたし…。

 レバーを脱水層に切り替えて注水すると、溜まったのを見計らってふたを閉め、また脱水のタイマーをひねった。

 ガタガタガタ…。

 貧乏揺すりをするみたいに震える脱水層のふたに腕を乗せてマコトがノゾミに声を掛ける。
「どーおー?」
「んー。ダメ。なんかおしーんだよねぇ」
「惜しいって?」
「んー? なんかねー。小さいのができるかなぁと思ったら割れんのぉ」
「うーん…」
 マコトが首を傾げる。

 びぃーっ!

 だみ声のブザーに呼ばれてふたから腕を離すと、脱水層がゆっくりと止まった。
 ふたを開けて洗濯物を脱水層から洗濯層に移し替えると、レバーを切り替えて蛇口をひねって水を溜める。
 マコトは空を見上げた。

 そういえば、向こうは明後日…出撃予定なんだよね。

 雲を泳がせる穏やかな空も、戦場の一つに過ぎない。
 マコトはなんとなくため息をつくと、水が溜まったのを確認してタイマーをひねるとノゾミのところに駆け寄った。
「貸して。のんつぁん」
「ん」
 ビンを受け取ると、マコトは4つに割ったストローの先端をTシャツの袖で拭いて、くるくる指で回しながらざっと確認する。
「どぉ?」
 ノゾミも顔を寄せてストローの先端を見つめる。
「よし」
 マコトは炊事場から持ってきたハサミを手にすると、
「ふんふんふ〜ん」
 4つに割った先端のそれぞれの真ん中にはさみを入れた。
「できた!」
 8つに割れた先端に少し角度をつけて折り曲げると、ふーっとビンの中に息を吹きかけて泡が逃げた一角にストローを差し込んだ。
「今度はね、たぶんだいじょうぶ」
 水面からストローを引き出してそっと銜えると、ゆっくりと息を送り込む。
「うっはーーーっ!」
 先端からふわぁっと大きくなっていく透明の球体。
 ノゾミの顔にぱぁっとひまわりのような笑顔が咲いた。
「できたー!」
 ぱちんとすぐに割れたけど、10cmを超えるくらいの大きなシャボン玉。ちょっとカラダが重たかったのか飛ぶことはできなかった。

 でも、二人にはそれで満足。

「ノンにもやらせてー!」
「うん」
 マコトのまねをして泡を息でどかしてそこにストローをつけ、そっと引き出しすとぱくっと銜えて、そおっと息を吹き込む。
 慎重に、慎重に…。
 透明な丸い石鹸玉に虹色の模様が描きだれて、ぱちんと弾けた。
「うっはーーーっ! すっごーい!」

 それから洗濯そっちのけでシャボン玉が青い空の中に飛んでは消えて、飛んでは消えて。

「飛んだーっ!」
「はははーーっ!」

 ふわりわりと小さなシャボン玉が風に流されていく。

 びぃーーーーーっ!

 洗濯機が呼んでるのにも気づかずにはしゃいでいたら、

「こらーーーっ! 2人ともっ。洗濯はっ!?」

 バンッと勝手口のドアが開いてカオリに怒鳴られた。

「はーい!」
「はーいっ」

 慌てて立ち上がって洗濯機までダッシュ。
 やれやれとため息をついてカオリは洗濯の続きをする二人のそばにいく。
「もう。遊んでもいいけど、ちゃんとやることはやる。わかった?」
「はーい」
「はい。すんません」
 へへっと笑って、マコトはすすぎを終えた洗濯物を脱水層に移し終えると、ノゾミが押し込んでふたを閉めてタイマーを入れる。

 ガン! ガゴン!

 脱水層が唸る。
 とりあえず洗濯機から少し離れると、マコトは洗濯機の足元に置いたビンを取り上げた。
 カオリが首を傾げる。
「なに? それ」
「シャボン玉」
 ノゾミがにっこりと笑ってストローを差し出す。
「カオリもやる?」
「うん!」
 少女みたいに大きな目をきらきらと輝かせて大きくうなずくカオリ。

 そっと口付けるように息をやわらかく吹き込めば、ふわっと飛んでいくシャボン玉が一つ、二つ…。
 風に揺られてふわりふわり。

「きれいだねぇ」
 カオリはもう一つシャボン玉を青空の中に送り出すと、ストローをノゾミに返した。
「じゃ、洗濯しっかりね」
「あれ? イーダさん、もういいんですかぁ」
 マコトがちょんと首をかげる。
 そんなマコトの頭をよしよしと撫でると、
「うん。なんかねぇ。ポエムが書きたくなっちゃった」
「はぁ」

 びぃーっ!

 洗濯機が脱水終わったぞと二人を呼ぶ。
 ぽんとノゾミとマコトの肩を叩くと、カオリは兵舎の中へと戻っていった。
「ポエムだって」
「ポエムなんだぁ」
 顔を見合わせるノゾミとマコト。

 ふうっとストローから青空の中に飛び出したシャボン玉は、ふらふらと勝手口の方へと流れていく。

 洗いあがったシャツは真っ白だった。
 コンセントを引き抜いて、洗濯物をかごに移した。
「マコト、競争だかんね」
「うっしゃ。負けないぞぉ!」

 よーいどん!

 洗濯ロープに飛びついて一つずつ干していく。
 ぱんぱんとシワを伸ばす軽やかな音。
 風にはためく白いシャツ。
 水で深い色みになった迷彩服。

「終わったー!」
「できたーっ!」

 ほぼ同時。

「なんだよー! ノンの方が早かったってばぁ!」
「いやいやいや。私の方が早かったって!」
「いや、ノンの方が絶対早かったね」
「うんにゃ。私の方が早いですぅ」

 むむっとにらみ合って、やがてそれはにらめっこになっていくわけで…。

「あっはははははっ! のんつぁん、顔…顔っ」
「ぶはっ…んははははははっ! マコトだってぇ」

 顔を見合って大きな声で笑った。

 笑い声が木霊して、ゆったり流れる雲が腹ん中に吸い込んだ。

 パタンと大の字になって地面に転がれば、地球はやっぱり丸いのか…なんてノゾミは思った。
 大きい雲や小さな雲。
 風が緩やかに形を変えたりちぎったりしながら、いずこへと流している。
 ノゾミは綿菓子のような雲をぼんやりと目で追った。
「あー。おなかすいた」
「っていうか、食べたばっかだよ」
「運動したじゃん。今」
 はたはたと風になびく洗濯物をノゾミが指差すと、マコトが困ったように笑う。
「んー。まぁねぇ」
 洗濯ロープを引っ張るポールの足元からビンを手にして、マコトが寝転がるノゾミのそばに腰を下ろすと、ふたを開けて、ストローをつっこんでぐりぐりとかき回す。
 ふーっと膨らむシャボン玉がぱちんと弾けた。
 ありゃ…とストローを覗き込むマコト。
 ノゾミは『んあーーっ』と唸った。
「わっ! のんつぁん!?」
「腹減ったーーーーっ!」

 おいおい…と思ったが、見上げた雲はあんまりにもおいしそうで…。

「かぼちゃのぷりん食べたーーーーーいっ!」
「すし食いてぇーーーーっ!」
「ケーキ食わせろーーーーっ!」
「チョコをくれーーーーーーっ!」
「かぼちゃ食べたーーーーーーいっ!」
「焼きそば食いてぇーーーーっ!」

 少し離れたところで「ヤキニク食いてーーーっ!」って聞こえたような気がした。

 まぁ、叫んでみたものの、青い空は微笑んでいるだけなわけで…。

「なんか、よけー腹減った」
「うん…」

 能天気に雲はおいしそうに形を変えながら二人の上に影を落として泳いでいく。
 はぁ…とため息を吐くノゾミ。
 シャボン玉に没頭するマコト。
 ふわりゆらりと、5cmほどのはかない透明のボールが風に流れていく。
「マコトぉ」
「んん? なぁに?」
「あのさぁ」
「うん?」
「アイちゃんとはちゅうしたの?」
「んぼがはっ!」
 ボコボコボコッ!
 ストローを銜えたままビンの中の石鹸水に浸していたマコトは思い切り噴出した。ビンの中からえらい勢いで泡が立ち上って零れていく。
「ぁ? マコト?」
「げへっ…ごほごほっ!」
 どうやら思いきり吸い込んだらしい。
 ノゾミはとりあえず背中を叩いてやると、
「ふーん。したんだぁ」
 別に驚く様子もなく呟いた。
 ぜーぜーと肩で息をして涙目のマコト。
「なにさぁ。急にぃ」
「んー。別にぃ。気になったから」
「そんだけぇ?」
「んー…」
 空を見上げたまま小さく唸ってなにやら考えているらしいノゾミ。
 マコトはシャボン玉のビンにふたをすると少し離れたところに置いた。
「っていうか、何で?」
「なにが?」
「いや…何で…わかったのかなぁ…って…」
「…。この間、カメちゃん来た時、なんかマコト…女の子な感じだったから」
「はぁ…」
 意外と鋭いんだな…と今更ながらに思う。
 ノゾミはまっすぐに空を見つめたまま。

 真っ青。
 夏の空は限りなく透明で、それは太陽が力強く輝いているからだろう。
 暖められた風も雲の陰に入れば心地いい。

 むくっとノゾミは起き上がった。
「すきなの? アイちゃんのこと」
「え…」
 地面をじっと見つめるノゾミの顔は笑ってなかった。
 マコトはわけもなく戸惑う。
「あー…そのぉ…」
「っていうか、すきなんだよね」
 そう言って向けられた笑顔はやさしくて、ますます混乱していくマコトの頭。
「のんつぁん?」
「うん。っていうかさ、今更照れなくても隠さなくてもいいって」
「てっ…照れてなんかっ」
「マコト、顔真っ赤」
「ふぇっ!?」
 ぺたって触ったら頬が熱かった。わけもない戸惑いの理由、それは見抜かれたことなんだと、ようやく気づいた。
 ノゾミは隣ににじよると、マコトの腕をうりうりと肘で突きまわした。
「なんだよぉ! なにすんのさぁ」
「だってさぁ! マコト言ってくんなかったじゃん」
「ええーっ! だぁってさぁ!」
 突かれる腕から何とか体をよじって逃げると、後ろからがっと抱きつかれた。
「だってじゃなーいっ!」
「だってさぁ…。…恥ずかしいっていうか…」
「えー。なんでぇ? キスしてんのに?」
「したけど……その…」
 もごもごと口ごもって真っ赤な顔のままうつむくマコト。
 ノゾミはむうっと顔をしかめた。
「まだ告白してないとか?」
「…うっ」
 なんだ図星かという目のノゾミ。
 ぽんとマコトの肩を叩いて、ぎゅっと抱き寄せてみた。
「あのさぁ。すきなら…ちゃんと言っといた方がいいよ」
「のんつぁん?」
 すぐ真横にあるノゾミの顔は地平線の向こうをにらんでいるようにも見えた。
「だってさぁ。わかんないじゃん…」

 さくら隊の明後日の戦闘の舞台はポイントBと呼ばれる地点。
 軍需工場の空爆の援護だという。
 迎え撃つ敵機の迎撃が主な任務。

 その4日前にも市街地防衛でスクランブル出動をしている。

「……うん」

 おとめ隊の一昨日の戦闘では二つの味方の部隊が全滅した。
 危うい状況が転がる中、よく帰れたものだと思った。
 占領された街の奪還に関わる激しい攻防。

「へんだなんて、思ってないから」
「…」

 向こうの方でランニングを続けるすっかりばてたリカとまだ少し余裕のミキ。
 また茶化すように追い抜いたミキの後ろからリカが低いタックルをかますと、転がるようにもつれて草むらの中へ。
 ミキのうれしそうな笑顔がちらりと見えた。
 あー。たぶん、あのままいちゃいちゃすんだろうなぁ。
 ぎゅぅっとノゾミの腕に力がこもる。
「のんつぁん?」
 返事が返ってこないから、ノゾミが見てる方に目をやると草むらの中でじゃれあってるリカとミキ。
「あの二人は…したのかな?」
「なにが?」
「告白」
「さぁ…」
「まぁ…いいんだけどね。別に」
 ぱっとノゾミの腕が離れた。
 そのままパタンと後ろに倒れて寝転んだノゾミ。
 マコトが不思議そうな目を向けてるのに気づくと、またむくっと起き上がった。
「言っとくけど、うらやましいなんて思ってないから」
「…はぁ」
 間抜けた返事にノゾミがやれやれとため息をつく。
 今度はマコトの腕ごと体を抱きしめて背中に引っ付いた。
「たださぁ……」
「のんつぁん…?」
「別にすきだとか…そーゆーんじゃないから」
「は?」
「友達だけどさ」
「…それで?」
 返事の変わりに唇を塞がれた。

 きょとんとするマコト。
 ふん…と肩を揺らして息を吐くノゾミ。

 ふいに強くなった風がばたばたと洗濯物を揺らしていった。

 ともすると不機嫌そうなノゾミの目は広場の向こうの短い草むらの中の二人。
 動かないと思ったら二人とも眠ってしまっている。
 戦闘の疲れもあるだろうけど、あんな不規則なペースで走ってればそれも当たり前で、胸の上に頭を置いているミキと、そんなミキを包むように抱くリカ。
 暖かい陽射しと風と柔らかい草。たぶんそれだけじゃないであろう穏やかな寝顔の理由。
「……のんつぁん?」
 せつないとか、さびしいとかそんなことを必死で抑えこんでいるようなノゾミの横顔。
 なんて言ったらいいのかわからずに、言葉がのどの奥で行ったり来たりする。
 ノゾミはまたパタンと地べたに寝転がった。
「あーあー…。あいぼん、今なにしてんのかなぁ」
「…」
 マコトはよいしょとノゾミの隣に移動すると、同じように地面に寝転がって空を仰いだ。

 丸い地球。
 どんなに遠くても、どんなに高くても、この空はアナタに続いてる。

「たぶん空を見てるよ…こうやって」
「…マコト?」
「だってさ、地球は丸いんだもん」

 遠くにいるわけじゃない。
 その気になれば届く距離。
 時間は残酷だ。
 やさしいくせに、残酷だ。

 想うほど、気が遠くなりそうなほど遠く感じるのなんでだろう。

「そっか。そうだよね」
「うん」

 雲がこんなキモチを届けてくれるって言うんなら、叫んでみようかな?
 ふと頭の中を掠めた。
 けど、やめた。
 どんなに神様が邪魔をしても、二人はたぶん一緒。
 今も、どんなときでも、きっと、最期の時も…。

「マコト…」
「んー?」
「…ぁー。なんでもない」

 すきだから、目に見える何かに焦がれて、目に見えない何かに焦らされる。

 マコトはポンポンとノゾミの肩を叩いた。

 風をはらんで揺れるTシャツの白さが目にまぶしい。
 真っ白に輝く太陽が隠れれば、そこには原色の鮮やかな青い空。
 とんびがひょろーっと鳴いて、風にのってふわりくるりと飛んでいる。

 マコトは起き上がると、ビンを開けた。

 ふわりと飛んでいったシャボン玉。
 風に乗ってすいーっと離れて、弾けて消えた。

     *

 お昼ごはんは焼きそばだった。
 カオリを見ると、小さく笑ってウインク。
 ノゾミの顔がふわっとほころぶ。
 壁のホワイトボードの“今晩のお献立”には『かぼちゃの煮つけ』。
 マコトの顔に咲いた笑顔。
「よかったね」
 リカはマコトとノゾミの肩を抱き寄せた。
 ミキはマコトの肩越しにリカの肩に手を置いて体を寄せると、しーっと口に人差し指を当て、そっとポケットからロリポップを出した。
 ストロベリークリームとチェリー。
 迷わずストロベリークリームを手にするマコトに、リカとミキが顔を見合わせてクスクス笑う。
 頭に『?』を浮かべるノゾミ。

 そして、食事の後、二人に手紙が届いていることを知った。

 神様も、時々はやさしいらしい。

 そんだったら、戦争なんかなくしてくれてもいいのにさ。
 まぁ、そういうわけにもいかならしい。
 それが何でと言われても、神様だってわからない。

 その日、珍しく開かれた午後3時のティータイム。
 一つのテーブルを囲む7人の笑顔。
 お茶請けはユウコが差し入れてくれたアップルパイだった。

 

 

(2004/5/14)

 

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