星降る夜に

 窓の外から身を乗り出して空を見上げよう。
 ほら。星が降ってくる。

 一つ。二つ。三つ。四つ。

 こんな時くらいは戦うのはやめよう。
 こんな時くらい血を流すのはやめよう。

 ほら。まだまだ星が降ってくる。

 五つ。六つ。七つ。八つ。

 兵舎の上には満天の星空。
 オリオンの肩を掠めて天の川が流れている。
 ふうって吐き出した息が街灯でふんわりと白く輝いた。

 今日くらいは憎しみとか怒りとか捨てて笑いあおう。
 どんなことでもいい。
 そして楽しい夢を見て眠ろう。

 だって今日は、聖なる夜だから。


    *


 時計は午前1時。

 寝静まった冬の夜はよりいっそう静けさを増すようで、聖なる夜ともなればどこか荘厳な空気が流れる。
 暗い兵舎の廊下。
 一つの部屋からぬっと顔を出したぶかぶかの赤い服にもしゃもしゃの白いひげ。肩には大きな白い袋。
 現われたのはずいぶんと華奢なサンタさん。

 キィ…。

 戦う乙女達が眠る2階の廊下に響いた軋む廊下の音にぴくっと足を引っ込める。
 ドキドキと弾む心臓。
 そーっと胸に手を当てると、キョロキョロと辺りを確認すると部屋を出てそろーっと足を踏み出した。

 キィ。

 どうやら廊下が軋むのは仕方がないらしい。
 しょーがないっか。安普請だもんね。
 たかが2歩の距離を爪先立ちでそろそろと歩きながら、そーっと向かいの部屋のドアノブを握った。

 おじゃましま〜す。

 …ん?

 手ごたえもなくあっさり開いたドアにむむっと眉根が寄る。
 もぉ。ちゃんとカギ掛けなさいって言ってるのに。
 ぷんすかと怒りながらもそーっとドアを閉めると、そろりそろりとベッドに近づく。
 ふふ。赤ちゃんみたい。
 布団に包まってくーくーと寝息を立てるノゾミ。
 頭を撫でると「んーっ…」って唸るから慌てて手を引っ込めた。
 ごろんと寝返りを打って丸まっていた体が布団の中で大の字になる。
 ほっと胸をなでおろすと、ポケットから紙片を取り出してそっと片手で開いた。

  『サンタさんにお願い事書いてみよっか』

   ツリーを飾り付けした日の夕食後、サンタさんはいつまで来てたっていう話から、カオリが何気なく言った一言。
   思い思いに書いたメモはツリーに飾ってみた。
   叶うかな? どうかな?
   そんなワクワクした気持ちってどれくらいぶりだろう。

   次の日、ツリーから消えたメモ。

  『サンタさんが取りに来たんだね』

 開いたメモには、

“でっかぃぬいぐるみ”

 でっかい文字とかわいいイラスト。
 サンタさんはよいしょと袋を下ろした。

 おやすみ。のんちゃん。メリークリスマス。

 なにやらおいしそうにむにゅむにゅと口を動かすノゾミ。
 その枕元にはイラストによく似たでっかいぬいぐるみとお菓子の入った赤いブーツ。

 パタン…。

 そーっとそーっとドアを閉める。
 カチャリと鍵をかけると、さぁ。次の部屋へ。

 一歩、二歩、三歩とそろりそろりと進めばもう隣の部屋。
 ゆっくりとドアノブを回して確認。
 カツと抵抗を感じて、ちゃんと鍵がかかっているのがわかると、なんかほっとした。
 ほら。何があるかわかんないからね。兵士って言っても女の子だし。
 そんな自分の今をさておいてぶつぶつと呟きながら、マスターキーで開けて中に入る。

 おじゃましまーす。

 ッ……。

 静かな部屋にはそれでも大きく感じる音を響かせて戸を閉める。
 しんと静まり返った部屋。
 きちん整った女の子らしい部屋がなんか微笑ましい。
 もう。他の子たちも見習ってほしいわね。
 サンタさんは深呼吸をすると、そろりそろりとベッドに近づいた。
 ぬいぐるみに囲まれて鼻先まで布団を顔に掛けて穏やかな寝息を立ていいるマコト。ふと目に入った机の上の書きかけの便箋。

“ラジカセ”

 メモを確認して、よいしょと袋から出したのは少し古びたラジカセ。
 汚れを綺麗に落として、持ち手には赤と白のリボン。
 ごめんね。新しいのじゃなくて。
 ラジカセの隣にそっとお菓子が入った赤いブーツ。

 マコト。いい夢見てね。おやすみ。

 タン……。

 そぉっとドアを閉めて部屋を出ると、次は向かいの部屋へ。
 そっと鍵を開けて、そっと忍び込む。
 なんか訓練や戦闘とは違う緊張感。
 ドキドキドキドキ。
 悪いことをしてるつもりもわけもないんだけど、なんでこんなに緊張するんだろう?
 サンタさんはそっとドアを閉めると、散らばっているシャツやトレーニングジャージの間をぬって、布団の中にもぐっているレイナの側へ。
 苦しくないのかなぁ?
 そんなことを思いつつ、ポケットからメモを出して確認する。

“おっきぃクリスマスツリー!”

 その横には『みんなで飾りつけしたいナ!』と、にぎやかなイラストや飾り枠が書かれている。
 食堂には一週間前にみんなで飾り付けをした小さなツリーがある。
 こんな小さなツリーでも願いを込めて飾りを付けたら、神様がささやかな願いくらいならを拾ってくれるかもしれない。そんなことを思いながら、笑って、歌って飾り付けをした小さなツリー。
 サンタさんはそっとポケットから取り出した小さな封筒を机に置くと、その横にお菓子の入った赤いブーツを置いた。

 レイナ。おやすみなさい。

 …。
 微かな音を立ててドアが閉まる。
 鍵を掛けて、次は隣のサユミの部屋。

 きしきしと鳴る床板とドキドキと早鐘を打つ鼓動の音が見事に重なる。
 よし。
 気合を入れなおして鍵を開けると、おじゃしまーすと中に入った。
 なんだか服やら本やらが雑然と転がっている有様にちょっと苦笑い。
 さっきのレイナといい、もう少しお片づけしないとね。
 そんなサユミはというとすーすーと穏やかな寝息を立てて幸せそうに眠っている。

“おっきなクリスマスツリー”

 ハートマークとウサギのイラスト。
 サンタさんはメモをポケットにしまうと、レイナの時と同じように机に封筒とお菓子の入った赤いブーツを置いた。
 これでよしっと。
 さぁ、次の部屋へ…と歩き出そうしたその時。

 ガバッ!

「…っ!!」

 人の気配がふっと沸きあがって一瞬声が出かけたが慌てて堪える。そーっと振り返ると、上体を起こしたサユミが寝ぼけて座った目のままじーっとこちらを見ていた。
「…」
「…」
 しばし見詰め合う。
「…」
「…」
 サンタさんはそーっと人差し指を口の前に立てて置いた。
「しーっ」
 首を傾げるサユミ。
 サンタさんが精一杯の低い声で、「おやすみなさい」と声を掛けると、サユミはコクンとうなずいてパタンと横になるともぞもぞと布団にもぐって再び夢の中へと遊びに行った。
 微かに聞こえ始めた寝息を確認すると、慌てず急いで部屋を出た。

 パタ…。

 扉を閉めて、急いで鍵を掛けると、はーっと深いため息をついてほっと胸をなでおろした。
 びっくりしたぁ…。気づいたのかしら。
 最近はスナイパーとして訓練を積んでいるサユミ。これもその成果なのかなと思うと、自然と口元が綻んでくる。
 よし。次行くぞ!

 向かいの部屋へとそろそろと移動すると、マスターキーを構えて、そっとドアノブを握る。

 あれ?

 そーっとドアノブから手を離すと、耳をそっとドアにくっつけて意識を集中する。

 …。

 …。
 ……。

 …。

 よし。次。

 サンタさんはさっさと隣の部屋に移動すると、またそーっとドアに耳をくっつけた。

  んっ…ミキちゃん。ダメ!
  やぁだ。

 はーーーっ。
 サンタさんから零れ落ちる海よりも深いため息。

  もぅ! 誰かいるってば!

 慌てて口を押さえるサンタさん。
 さすがは名スナイパー。侮れない。

  えー。ミキ知らないもん。だいたい今夜中じゃん。
  そうだけど、でも今廊下にけはぃっ…

 5秒ほど沈黙。

  もぉ! ミキちゃん!
  いーじゃん。隣の部屋に聞こえてなきゃ。
  そぉ〜だけど〜。
  ねっ? ね。リカちゃん。

 そして程なく聞こえてくるミキの甘い声。
 サンタさんはポケットからメモを取り出した。

“リカちゃん”

 にやけた顔が目に浮かぶような丸い文字。
 サンタさんはポケットからもう一つメモを取り出して開いた。

“ミキちゃん”

 えへっ。って声が聞こえてきそうな丸っこい文字。
 サンタさんはメモをしまうと、やれやれと肩をすくめた。

 ひんやりと冷たい空気に満たされた廊下をきしきしと微かな音。
 みんな。メリークリスマス。
 そっとリカの部屋の向かいのドアを開けてサンタさんも夢の中へ。
 廊下の窓の向こうで星達がキラキラと瞬いて、お疲れ様と微笑んでいた。


    *


 ダンダンダン!
 ダンダンダンダン!

 階段を駆け下りる二つの足音。
 レイナとサユミはお菓子の入ったブーツを握り締めて、スリープシャツとズボンのまま玄関のドアを開けて外に飛び出した。
「わぁっ! でっかぃツリーっ!」
「おっきーい! すっごーいっ!」
 食堂の前には3メートルほどのまだ飾り付けられていない大きなクリスマスツリー。
 二人は改めて手紙を見た。

『窓の外を見てごらん』

「すごーい! 空に届きそう」
「本当。すごいねぇ。夢みたい」

 タッタッタッ!

 そしてまた二つ、足音が増える。

「わぁっ! すっごーーーい!」
「おっきーいっ!」
 ノゾミとマコトだ。ノゾミは背中におっきぃぬいぐるみを背負っている。
「わぁ! かーわいいっ!  のんつぁん、それサンタさんからのプレゼント?」
「そーっ! へへへへっ」
 はちきれんばかりの笑顔のノゾミ。サユミは手ぶらなマコトに尋ねた。
「オガーさんは何もらったんですか?」
「あたしはラジカセ。たぶん中古なんだと思うけど、へへへへへへっ。すっごくうれしい!」
「わぁ! みんなサンタさん来たっちゃねぇ」
 大きなツリーの下でキャッキャとはしゃぐレイナ、サユミ、ノゾミ、マコト。
 レイナとサユミはツリーを見上げると、
「サンタさんってやっぱりおるんやねぇ」
「だってあたし、サンタさんも見たもん」
「ほんとにぃ!?」
「どんなどんなどんな!?」
 レイナとノゾミが身を乗り出す。サユミは大きくうなずいて、
「うん。サンタさん、しーーーって」
「へ? しーーっ?」
 目をパチクリさせてきょとんとするレイナ。
 首を傾げるノゾミ。
 『はぁ?』と眉を顰めたマコト。

 伸びやかな透き通った青い空の下、冴えた冬の風にも気づかずパジャマ姿で喜ぶおこちゃまたちに目を細めながら、リカは窓枠に腕を乗せて寄りかかった。
「いいなぁ。サンタさんかぁ」
「ね。ミキたちのトコロには来なかったね。」
 ミキもリカに体をくっつけて同じように窓枠に腕を乗せて頬杖を付いた。
 そんな二人の前にぬっと現れたお菓子の入った赤いブーツ。
 振り向くと、カオリが微笑んでいた。
「いいじゃない。二人だってちゃーんとプレゼントもらったんだから」
「カオたん?」
「イーダさん?」
 二人がきょとんと首をかしげると、カオリは女神のようにふわりと微笑んだ。
「ね。リカちゃん。ミキちゃん」
「…ぁ」
「…へへっ」
 耳と首まで真っ赤になってきゅうっとブーツを胸に抱きしめるリカと、頬を赤く染めて照れ笑いするミキ。
「さぁ、朝ごはんの支度するから、二人とも手伝って」
「はーい」
「は〜い」
 厨房に向かうリカとミキ。
 カオリは窓から身を乗り出した。
「ほら! もうすぐ朝ごはんだからみんなもちゃんと着替えてらっしゃい!」
「はーい」と元気よく返ってきた4つの返事。
 カオリはゆっくりと窓を閉めると厨房に向かった。


     ■


 海沿いの町は暖かで雪の降る気配はないけれど風は冴え冴えとしていて、ミキは朱色から藍色へと移り変わっていく夕暮れの空に見えた一番星に向かってはーっと息を吹きかけた。
 それを見てリカも真似をしてはーっと息を吐き出す。
 テーブルには骨付きのチキンやレモンがたっぷりのサラダとかちょっとしたご馳走とシャンパン。ケーキはミキがママから二人で食べなさいと持たされたものだ。そして、真ん中には小さなスタンドに立てられた白いキャンドルが3つ。
 リビングには綺麗に飾りつけられた小さなツリー。
 リカは窓を閉めた。
「おっきかったねぇツリー」
「うん。飾り付けするの大変だったけどねぇ」

   日課の訓練が終わった後、訓練の時よりも機敏な動作で脚立を取りに行ったレイナとノゾミ。
   金や銀のモールを巻いて、雪の代わりの綿を乗せて。
   電飾は使えないけどその分ピンクや青や黄色のリボンを巻いた。
   歌声を青空に高らかに響かせて、段々と華やかに彩られていくツリー。

「いっぱい歌ったね」
 ミキが鼻歌を歌いながらテーブルに着く。
「そう。それでさ、マコトがプレゼントでもらったラジカセに録ったよね」

   飾り付けが終わったツリーの前でみんなで記念撮影。
   マコトは思い出したように手を叩くと、急いで自分の部屋に戻って持って来たラジカセ。
   さくら隊のみんなへのプレゼント。
   声を届けようよ!
   じゃあ、今撮った写真も添えよう!

   数日遅れの贈り物のお返しは、やっぱりにぎやかな歌声とメッセージ。

「歌とメッセージがさ、新年だったよね」
「そうそう。あけましておめでとうって。向こうが思ってたよりもちょっと早く届いちゃったんだよね」
 リカはワインクーラーからシャンパンを取り出して布巾でボトルを拭いてミキに渡すと、キャンドルに火を灯して台所とリビングの電気を消した。
 パチンという音と同時に部屋がキャンドルのやわらかい橙色の光に包まれる。
 ゆらゆら揺れる3つのあたたかい小さな光。
 ミキはシャンパンの口を廊下の方に向けた。
「よーしっ! いくよーっ!」

 パン!

 キャーって楽しげな悲鳴を引き連れて飛んだふたは天井にぺこんと当たって床に転がった。
 溢れ出すシャンパンを急いで注ぐと、声をそろえて、

「乾杯!」

 穏やかな日々に、あの頃の仲間達に。
 きっと今頃、あの頃の仲間達もそれぞれの場所で、こうして乾杯して笑って歌っているだろう。

 今日は聖なる日。
 こんな日は笑って歌って過ごそう。
 そして楽しい夢を見て。

 冬の深い闇の中で輝く星達にささやかなお願い事をしてみようか。
 明日もこうやって穏やかに過ごせますようにって。
 いつもはちょっといじわるな神様だって、こんな日くらいは素直にお願いを聞いてくれるかもしれない。

 空一面に広がる星はキラキラと瞬いて冬の歌を歌っている。
 一つ、二つ、星が流れた。
 ささやかな願い事を乗せて、また一つ。
 歌を聴いた深い深い真冬の夜空にゆっくりと月が顔を出す。
 また、きらり星が閃いて、願い事を一つどこかへと届けに行った。

 

(2008/1/3)

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