朝のひととき

 勝手口のドアを開けるとカオリの目に飛び込んできた真っ青な空。
 春の面影を含んだ眩しい朝の光に目を細めて、胸いっぱいに澄んだた空気を吸い込みながらボアライナーのコートに包んだ背中をしゃんと伸ばしてみた。
 右手には真っ黒の厳ついラジカセ。左手にはシャツや作業着やらが山盛りに入った洗濯籠。脇に挟んだペンケースと色鉛筆とスケッチブック。
 勝手口から少し離れた所にベンチ代わりに置いた空き箱の上にラジカセを置くと、長身を屈めてアンテナを伸ばしてつまみを回しながら慎重にチューニングを試みる。
 キューンと甲高く鳴いた後ざらざらしたノイズが少しずつ遠のいて、ゆがんだ音がゆっくりと正されてやがて軽やかな音楽が聞こえてくる。
 つまみを微調整しながらべストポジションを見つけ出すと、ボリュームを上げてよしと立ち上がった。
 腕の時計は午前8時。

 ポーン!

『ぐっども〜にぃ〜んぐ! おはようさん』

 さわやかなジングルが流れる。

『ハロー! モ〜ニーング!

 改めてましておはようございます。広報部のおちゃめなダンシングボンバー、イナバアツコですー。
 今日も始まりました朝なのに「ハロー! モーニング!」。今日もみなさんからもらったお便りや本営からのお知らせを音楽とともにお届けしますー。

 はいー。今日もいい天気ですねぇ。
 今日はまずお便りから読みましょうかね。ペンネーム、レインボーアフロさん。ありがとうございます。

 『イナバさん。おようございます。』

 はい。おはようございます〜。

 『いつも楽しく聴いてます。自分は今南部の戦線にて活動中です。こっちはもう春ですよー』

 ということで、そのいただいたおたよりと一緒に桜の写真が入ってたんですよー。枝にぽつぽつなんですけどーきれーなちっちゃい花が咲いてるんですわ。南の方ではもう春なんやなぁ…と。
 あれですよね。南部の戦線はここんところ激しいですから、なんかこういうおたよりもらうとホッとしますね。無事に帰ってきて今度はゆっくりと聴いてほしいと思います。ホンマうれしいです。ね。おおきに。ありがとうございます。

 南部では春が訪れてるようですけど、こっちではまだまだ寒いですねー。みなさんカゼなんかひいてませんか?
 今年のカゼもタチ悪いですから気をつけてくださいね〜。

 さて。今日はなんと素敵なゲストがきてくださってます。
 そして、さらに! ホンマ今日はめっちゃ豪華ですよー。なんとあの人からのメッセージが届きました!
 めちゃめちゃびっくりますよ。
 今日はあれですよ。このスタジオにも南風吹きまくりです。それでは乞うご期待ということで、今日も最後までよろしくお願いしますー。

 では、今日最初の曲いきましょか。それでは聴いてください…』

 トントントーン、トントントトーン。
 トントントーン、トントントトーン。

 軽快なイントロ。
 カオリは洗濯槽に洗濯物と洗剤を放り込むと、キュッと蛇口を回した。
「あにぃ〜ら〜ぶ、らぁ〜ぶ、とぅ、ぃじまぃまいん」
 軽く口ずさみながらホースから勢いよく流れ出る水の様子を見つめる。

 車庫の前でドアを開け放った相棒のカーラジオから流れる恋の歌をハミングしながら朝のトレーニング前のストレッチをするリカ。
 普段はリカが座ってる運転席でシートを倒してふんぞり返ってるミキは後ろを向いてひょこっと顔を出した。
「メッセージって誰からだろうね」
「うーん。ゲストはなんとなく想像できるんだけどねぇ」
「あぁ〜ゲストはねぇ〜」
 ミキはラムネ味のロリポップのあめ玉を舌で転がしながら指先で軽くリズムをとってふんふ〜んと鼻歌を歌う。

「しーせぃ、らぶどん、かむいーじー」
 まだ裸のままの桜の木の下で便箋を膝においてラジオにあわせて歌うマコト。
 ノゾミはその隣でなんとなく手にした木の枝で地面に落書き。
「誰だろうね。ゲストって」
「ねぇ。あとメッセージだって」
「うん。あややかなぁ」
「う〜ん。豪華って言ってたねぇ」
 便箋から顔を上げて空を見上げると、また歌い始めるマコト。なんとなくノゾミも一緒に歌いだす。

「さゆ、誰やと思う? れいな、ゴトーさんがいいなぁ」
 サユミの部屋でイスを並べて軍学の課題に取り組むレイナとサユミ。
「ゴトーさん、今南部の戦線にいるんだっけ?」
 すでに飽きてる二人のノートは落書きだらけ。
 鉛筆を指先でくるくると回しながらレイナは顔を上げた。

 雲一つない青い空。

 今日も絶好の洗濯日和。
 水が溜まったことを確認すると、カオリはキュッと蛇口を閉めてレバーが洗濯になっているのを確認してタイマーを回した。

『はい。今日最初の曲を聴いていただきましたー。

 えー。それではさっそくゲストに登場していただきましょう。
 今日のゲストは、もーこのラジオをお聴きのリスナーさんならおなじみですかね。幕僚部の鬼と呼ばれるこの方です。どうぞー!』
『おはようございまーす。幕僚部の鬼、ナカザーユウコでーす』

「えーーーーーー! おばちゃーーーーーん!」

『誰がおばちゃんやねん!』

 なぜかびくっと体を震わせて飛び上がったマコト。ノゾミは「ミソジー! おばちゃーん」とラジオに向かって茶々を入れて楽しそうにけらけらと笑っている。

『ね…姐さん?』
『あらー。いやん。もー。失礼しましたー。ほほほほほ』
『ほほほほほほ。ということで、ナカザーさん、今日はよろしくお願いしますー』
『なにがというわけでかわかんないけど、よろしくお願いしますー。ってか、アンタもなんちゅう振りすんの。いつもいつも。もっと他にあるでしょ〜』
『えー。姐さんいっつも乗ってくれはるやないですかー。それにこんなおたよりがきてるんですよ。えー。ペンネーム、カラスの旦那さん。

 『イナバさん、おはようございます。 』

 はい。おはようございます〜』
『おはようございます〜』

  『先日、休暇を利用して本部に申請書類をもらいに行った時のことです。
  前線部隊の自分にとってなかなか本部には行けないのでせっかくだからと食堂で昼飯をとったのですが、
  食堂を出たところであのナカザーユウコさんを見ました。
  いつもこのラジオや噂では鬼とか暴れん坊とか言われてますが、間近で見たナカザーさんは凛々しくて美しくてむしろ華でしたよ』

ということなんですがー』

『ありがとうごさいますー。ほら。ほらな。わかってるや〜ん。ちゃんと見てくれてる人はわかってる。そうです。幕僚部の華、ナカザーユウコですー。ところで、イナバさん。あんた鬼もやけど、暴れん坊って…なに?』
『なにって、ホンマのことですやん。入った呑み屋でササミ置いてなかったら暴れますやん』
『そりゃぁそやろ〜。生中とササミ、これ基本ですよって、コラ』
『ははははは。それに姐さん、娘。隊隊長時代はまさに戦場の暴れん坊やったやないですか』
『んー。そうですかぁ。あたしはどっちかってゆーと暴れん坊たちを怒ってたちゅーかなぁ…』
『やんちゃなのばっかりですもんなぁ』
『そうですよぉ。あたしが隊長の頃はまだ隊も分かれてないからちっちゃい怪獣が2匹もおってんで』

 てへてへと笑うノゾミ。

『その二人だけやなくたってみんな個性的なのばっかりで。戦場でいきなり交信しだしたりし、ありえへんくらい天然だったり…。まーでもカオリもなっちも、今、よーがんばってると思いますよ』

 ふふっ。ユウちゃんったら。
 カオリは鉛筆を動かす手を止めて空を仰いでふわりと目を細めた。

『そうですねぇ。みんなめっちゃかわいいのに戦場ではホンマがんばってますねぇ。みんなおもろいコばっかりやからこのラジオでも大人気ですよ。めっちゃ彼女たちのお話聞かせて〜っておたより多いんですわ』
『そうなん? 毎日呼んでくれるんやったらナンボでもしゃべんで〜』
『あははははっ。うれしいですけどスタッフさんがびびってますがな。姐さん』
『あら。失礼ねぇ〜』
『はははっ。それにあのコらも聴いてますから。そこは、ね』
『せやね。ま、ぼちぼちだからえぇんやろね。ま、そのかわり、あたしとあっちゃんのことならまぁ、何しゃべっても』
『はははっ。みんな聞き飽きてるかもれませんけどねぇ』
『あら。そうですかぁ〜』

「そうですよー」
 と、課題は夜にでも…とノートを放り出してベッドに転がるレイナ。
 サユミもノートを閉じて鉛筆を放り投げるとそれとなく呟いた。
「なんだったらさゆがでてあげるのになぁ」

『姐さんとは昨日、呑みにいきましたねぇ』
『いつものとこですね〜』
『新メニュ〜入ってましたねぇ』
『そーですねぇ。ささみのチーズ揚げ』
『これがまたビールに合うんですねぇ』
『よく冷えたビールと熱々のささみ。もうこれ最高やね』
『ま、おそらく今日も行くんですかね。どうです? 姐さん』
『そうですねぇ。まぁ、最近いろいろありますから正直呑まなやってられないんですけど、たまには他の子とも行きたいなぁって』
『あら。そんなこといいますかー?』
『いいますよぉ。イナバさんとはほとんど毎日じゃないですか』
『ははっ。そうですねぇ。また二人っきりっちゅうのがね。これがまた』
『イヤ。あたしはさびしくなんかないですよー』
『またぁ。でも、そしたら誰がいいですかね』
『んー。居酒屋やったらヤグチとかなっちやろうけど、せっかくだからカオリがえぇね』
『おぉ! なんかあれですなぁアダルトーな感じですねぇ』
『せやろ。何やゆっくりしっとりと呑みたいってあるやん』
『あるある。二人で行くとなかなかそんな雰囲気なりませんからねぇ』
『ねぇ。それにね、かわいいんですよ。カオリは酔ってくると、こうね、ちょんって肩に頭乗っけてきて、『あのね、カオね』って話してかけてくるんですよ。もーかわいくないですか? ってこれ。どうだっ!』

「かわいぃぃぃぃぃぃっ!!!」
 リカが身悶える。

『反則ですよ。あなた。こんなんされたらイチコロですよって』
『これこれ。オッサン』
『でもそやろ?』
『はい。あれは、あたしも見たことあるけどダメです。ホンマありゃ反則ですよ。かわいすぎる。またイーダさんだから、ホンマ色っぽいし、かわいいし。あれはもー』

「ばか…」
 しゅーっと顔から湯気が出るほど耳まで真っ赤なカオリは顔を隠すようにスケッチブックを抱きしめた。
「ユウちゃんだって酔ってくるとすっごくかわいいのに…」

『ね、いつかイーダさんも誘って呑み行きましょ』
『はい。是非〜』
『なんかすっかり居酒屋トークになってしまいましたが、えー、ここで一曲聴いてください…』

 びーーーっ!

 洗濯機が大きな声でカオリを呼び出す。
 熱い熱い。
 ふーっと息を吐き出して立ち上がると、赤い顔のままふらふらと洗濯機の元へ向かった。

 そんなカオリの後ろをスキップしながらイントロが追いかける。

 踊るように弾けたメロディーを口ずさみながら相棒の前で入念にストレッチをするリカ。
「いいなぁ。あたしもカオたんとお酒飲んでみたいなぁ」
「いつだか行ったじゃん」
「でもあの時ナカザーさんとケメちゃんいたもん」
「まぁねぇ」
 なんとなくそっけない口ぶりでそう言うと、ミキは運転席から飛び降りて足を大きく開いて前屈しているリカの背中に覆いかぶさった。
「ミキはふたりっきりがいいなぁ」
「カオたんと?」
「ばーか」
 ミキは思いっきりリカの背中に体重を預けた。
「ちょっ…ミキちゃん! 苦しいっ…!」
「まっ、それもいいんだけどね。ミキも見たいし。かわいいイーダさん」
「んっ! ミキちゃんってば!」
 ペタンと地面に付いたリカの上半身。背中にはいじわるく笑ってるミキが容赦なく体重をかける。
「それよりもね」
 ミキはリカの両脇に腕を入れてよいしょと抱き起こすと耳元で囁いた。
「そんなリカちゃんが見たいなぁ」
「…」
 しゅう…と頭から湯気。耳やら首まで一気に真っ赤になったリカ。
「あのね。リカね。なーんてね」
 くすくすっと笑い声に耳をくすぐられて恥ずかしいやらで体が熱い。リカは唇を尖らせて拗ねたように呟いた。
「あたしだってみたいもん…」
「なにを?」
「ミキちゃんがお酒に酔って甘えるところ」
「いいよ〜。ミキは」
「え〜。かわいいのに」
「かわいいのにって、リカちゃん見たことあるっけ?」
「ふふーん。ない。でもかわいいと思うんだけどなぁ」
「そぉかなぁ〜」
「そうだよ。だってミキちゃんかわいいもん」
 今度はミキの顔がしゅーっと湯気を噴いて真っ赤になっていく。
 おなかに置かれた手の上にそっと手を乗せてニコニコと満面の笑顔のリカ。
 すっかりリカに体重を預けて、
「へへ。…もっと言って」
 と、にやけっぱなしのミキに、
「かわいい。ミキちゃん」
 って囁きながら、リカは再び前屈の続きを始めた。

 ゆっくりと暖まっていく空気にふと感じた春の予感。
 咲き始めた恋の花を歌ったアップテンポのメロディは、張り切って輝く朝の太陽の光の中へと溶けていった。

『はい。えーそれでは次のコーナー行きましょか。ナカザーさんも引き続きお付き合いよろしくお願いしますー』
『はい。お願いしまーす』
『声のおたより。

 このコーナーでは今戦場にいるみなさんに声のお便りをお届けします。
 今週もたくさんのテープやお便りをいただいています。それではさっそく聞いていただきましょう』

 素朴だけどあたたかいピアノがゆったりと流れ始める。
 スピーカーから流れてるのは誰ともわからない人の声だけど、誰かにとっては懐かしく、誰かにとってはあたたかい声。

『元気ですか? 病気などしていませんか? 毎日あなたが無事でいるよう願ってます』

『先日、姉さんが赤ちゃんを産みました。お休みができたら帰ってきてください。姉さんも会いたがってます』

『にぃちゃん! ぼくきのうかけっこで一とうしょうをとりました! ぼくもがんばるからにぃちゃんもがんばってください!』

 たった一言の、それもささやかな言葉。
 でもそんな短い言葉に込めたられた深い思い。

 元気ですか?

 無理だけはしないでくださいね。

 祈ってます。

 一つ一つの思いをスピーカーはメロディーと一緒に運んでいく。

『それではここからは届けられたメッセージを、今日は姐さんと…ナカザーさんと読んでいきます』
『はい。それでは。

 姉さん。元気ですか?』

 一つ一つのメッセージを丁寧に読み上げていくアツコとユウコ。

 もう届いていないかもしれない。
 聞こえてないかもれない。
 それでも、一つ一つを丁寧に心を込めて読んで行く。

 なんか切なくて、どこかさみしくて…。
 そんな気持ちが、ふと今家族は…友達は…何をしてるんだろうなと顔を空に向けさせる。
 見上げたところで見えるのはただ青い空だけだけど、こんな気持ちをなんとなく届けてくれるんじゃないかなって…。

『毎日募集しておりますのでみなさんからのお便りをお待ちしております。

 さて、えーそれではですね、今日はラジオを聴いてくれてる皆さんに向けて、ある人からメッセージをもらっていますー。
 それでは、聞いてください』

『おはようございまーす! ごとーまきでーす』

「わぁ! ごっちん!?」
「ぅわー! ごっちん!?」

 驚くリカとミキのきれいなハーモニー。

 マキの声の後ろにはタイヤが砂利道を噛む音やいくつもの忙しない足音。

 『ラジオをお聴きのみなさん。元気ですかー?
  えーごとーは今、南部戦線でがんばってます。
  部隊のみんながいっしょーけんめーがんばってくれてるのでなんとか、ふんばってやっておりますー。

  まだまだ戦況はきびしいですけれども、えーがんばってみんなで帰れるように、そしていい報告ができるようにガンバリます!

  えーあっちゅ。無事に戻って、ぜひ、今度はスタジオに遊びに行きたいと思います!
  それでは、ごとーまきでしたー』

『やーごっちんですよ。姐さん』
『ねー。ごっつぁんですよ』
『やー相変わらずですねー』
『ねぇ。でもホンマめっちゃ元気そうで…。そや。ごっつぁんがゲストの時はあたしも呼んでくださいよ』
『えー』
『えーって。ってか、呼ばれなくても来るで』
『来ますか。えー。ごっちん独占ダメですか』
『あったり前やん。ま、それはそれとして、ホンマ無事にね、戻ってきてほしいですね』
『はい。楽しみにね、待ってたいと思います。

 それでは、曲を聴いてもらいましょうかね。じゃあ、姐さん、お願いします』
『はい。それでは、今戦場で戦ってるみなさんへ。聴いてください…』

 タンタンタンターン!
 タンタンタンターン!

 軽快なイントロ。
 テンポのいいメロディーが力強く飛び出していく。

 レイナは起こしていた上半身をパタリと倒してよいしょと枕を抱きしめた。
「ごとーさんやったねぇ」
「うん。元気そうだったね」
「うん…」
 南部戦線は2日ほど前から激しい攻防が繰り広げられている。
 なんとかのところで踏みとどまったものの、少しの予断も許されない。
 南部地方の第一都市にかかわる攻防。さくら隊など空からの援軍も決定されたのは昨日のこと。
「でもわかんなかった…。やっばごとーさんはすごい」
「うん」
「どーしたらあんな強くなるんだろ」
 レイナはそう呟いて、なんとなく起き上がって窓の向こうに目をやった。
 サユミがゆっくりとため息をつく。
「エリ、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。でもさくらは…今日はあそこで明日はあっちって感じだよね」
「ここんとこますますスクランブル増えてるらしいし…。…便利屋じゃないのに…」
 飛行機はひとっ飛び。
 だけどどっちに行きたいのか。どこへ行けばいいのか。
 その強さゆえに簡単に扱われ、その強さゆえに無茶を強いられる。
「…大丈夫。無敵やもん」
 自分達だってあっちこっちというわけではないけれど、過酷な戦況と戦場を歩いているのは変わらない。
「うん。そうだよね」
「レイナたちだってがんばんないと」
 そう呟いたレイナの横顔に険しさの影。
 ゆっくりとサユミの中に浮かび上がってくる作戦が指示された日の出来事。
 サユミは立ち上がると飛び込むようにベッドに転がった。

「どぅまぃべすっ」
 ふんふふふふふふーんと鼻歌を歌いながら手紙を書き続けるマコト。
 ノゾミはそんなマコトの手紙を覗き込みながら、なんとなく落書きに使っていた棒をふらふらと手の中でいじって遊んでいる。
「マコトー」
「んー」
「おなかすいたー」
「まだ朝だよ。のんつぁん」
「だってさぁ。なんかごっつぁんの声聞いたらケーキ食べたくなっちゃった」
「ごとーさん上手だもんねぇ」
 マコトは手を止めると空を見上げた。
 マキらしい素朴でやさしいどこかお母さんが作るようなケーキ。
「マコト」
「ん?」
「午後の自由時間さ、ケーキ作ろっか」
「うんっ!」
 たしか本もあったし、カオリいるからなんとかなるでしょって話が盛り上がっていく。
 うきうきしている二人の横をメロディーは包むように風に乗って流れていった。

『はい。えーそろそろお別れの時間になりました』
『えー。もうですか?』
『そうなんですよー。いやぁ楽しい時間って早いもんなんですよ』
『ねーぇ』
『姐さん、今日はありがとうございました』
『は-い。また呼んでくださいね』
『はい。お待ちしております。えっと姐さんからお知らせはあります?』
『いやぁ。私からはないです。そうですねぇ。近く久々に一般の方向けのイベントを行うことが決まりましたんでね。詳細が決定したらまたその時は、お知らせしに来ます』
『はい。お願いしますー。
 この番組ではみなさんからおたより、そして声のお便りへのメッセージ、テープ、お手紙でもかまいません。お待ちしておりますあて先は…』

「イベントだって」
 ストレッチを終えてそのままあぐらをかいて座っているリカ。
 まだ背中にぺたっとくっついてリカの手をおもちゃにするミキ。
「基地開放かな? でもさ、危なくない?」
「そうだよねぇ。それか学校かな?」
「あーそっか。軍学かぁ」
「うん。基地の一般開放なんて今やれるわけないし。軍学って文化祭とか今はないから、いいのかもね。あそこ部隊所属の子以外は寮生だし」
「そっか。親御さんとかはコドモの生活見れるもんね」
「もしかしたら入隊希望者増えるかもしれないしね」
 長引く戦争。
 兵士が減るのは簡単だけど、増えることはなかなかこれで難しい。
「あたしたちも行きたいね」
「ね。何するんだろうね」

『はい。それでは今日の「ハロー! モーニング!」いかがだったでしょうか?
 今日も気持ちいい一日になりますように。
 お相手はイナバアツコと…』
『ナカザーユウコでした』
『それではまた明日〜』

 エンディングの曲が流れ、洗濯機がカオリを呼ぶ。
 傍らにスケッチブックと色鉛筆を置いた。
「んーっ! さぁてと」
 よいしょと立ち上がると、ゆっくりと暖まった風を胸いっぱいに吸い込んで腕をめいっぱい空に伸ばす。
 今日も乾くの速いだろうなぁ。
 輝きを増した白い光と伸びやかな青空に目を細めて、カオリはゆっくりと動きを止めた洗濯機の元へと駆け出した。

 

(2007/7/8)

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