窓の向こうは一面の白い世界。
 昨晩から深々と降り続けた雪は今もなお音もなく空から舞い降りている。
 ボア付の分厚い迷彩ジャケットに防水防寒使用のブーツで完全防備して、リカとミキは相棒がひっそりと待つ車庫へと歩く。
 二人の足跡を黙々と雪が埋めていく。
 普段は雪と縁の薄い地域だけに、少し水っぽいぼた雪。

 やっぱりちょっと違うね。
 ミキが目を細めて空を見上げて呟く。
 そうなの?とリカが言うと、重いんだよねと答えた。

 車庫に入って雪を払うと、リカは運転席の鍵を開けてリュックをシートの後ろに放ると、ドアを閉めて助手席の鍵を開けた。
 ミキはドアを開けてカバンを同じようにシートの後ろに投げて車に乗り込んだ。

 ドゥン!   
 
 相棒が黒い息を吐き出して起きだし、小さく体を震わせる。
 のっそりと相棒がじゃらじゃらとチェーンを巻いたタイヤで雪を踏みしめて車庫から出た。
 兵舎の前まで寄せると、ゆっくりと停車した。
 カチン、カチン。
 シートベルトを外して、ほんのつかの間のリラックスタイム。
 ミキはシートを倒すと、時々ワイパーが重たげに雪を払うフロントガラスをぼんやりと見つめる。
 リカはハンドルに寄りかかって、やむ気配なく降り続くガラスの向こうをぼんやりと眺める。
 明るい灰色の空から深々と降り続く雪。
 ミキは胸ポケットをあさってロリポップを出すと、ぺりぺりと包装紙をはがした。

 空は広がる彼方の地平線の姿も舞う雪にぼかされて、延々と白い砂嵐が混じった灰色。
 兵舎のドアを開けると、マコトの顔にわっと降りかかった雪。
 ノゾミとマコトはしっかりと防寒装備を固めて重いリュックを背に、ぽんっと外に飛び出した、
 
 うっわっめっちゃ寒っ!
 と、顔をしかめたかと思うと、
 わーっ! 真っ白!
 と、おもむろに雪を手にしてすばやく丸めて、ずいぶん積もったねぇとのほほんと空を眺めるマコトに投げつけた。

 わっぷっ!
 顔面に命中してノゾミの笑い声が真っ白な世界ににぎやかな色をつける。
 マコトはやったなぁとすぐに雪を丸めてノゾミに投げつけた。

 わっ! 冷た! やったなぁ〜。
 へへーんだ!

 えいっ!
 とおっ!

 うわっ !
 ひゃあっ!

 やったなぁ〜!
 いっくぞーっ!
 
 右から左から舞う雪の中を飛び交う雪玉。
 レイナとサユミが玄関の窓から外を見ると雪まみれのノゾミとマコトが大きな口を開けて笑っていた。

 元気やねぇ…。
 ホントだよね…。

 重い荷物と防寒着ですでに疲れている若い二人が寒さに背中を丸めながらさっと雪の舞う外に足を踏み出す。
 体がひょこっと出たところで、待ってましたとノゾミが雪球2発発射!

 わっ!
 きゃっ!

 ちょおっ! のんつぁん! まこっちゃん!

 にゃーっと雄たけびが聞こえて、ミキはロリポップの棒をふらふらと動かしながらぼそりと呟いた。
 元気だねぇ。
 ね。と相槌を打って、リカはちょっと袖を引いて腕時計を見た。
 あと30分か…。
 ぽすんとシートにもたれかかると、ミキが起き上がってカコンとシートを戻して同じように深くもたれかかる。そして、顔を向けずにそっと右手を伸ばすと、リカの左手を握った。

 兵舎の前で子犬のようにはしゃぐノゾミ、マコト、レイナ。
 雪玉の集中攻撃を受けたサユミは兵舎の玄関で避難。
 カオリは玄関でブーツの紐を結びながら、そんなにぎやかな声に苦笑い。
 バテなきゃいいんだけど。
 よし。と靴紐を結び終えて立ち上がると、雪の様子を確かめるため窓を見た。

 雪はただひたすらに静かに静かに何もかもを覆っていく。
 深々と、粛々と。
 淡々と積り重なってすべてを白く染めていく。

 やわらかいキスを交わして、リカとミキは相棒から出て再び白い世界へと降り立った。
 兵舎の前では相変わらず雪玉が飛び交って、リカとミキはやれやれと顔を見合って苦笑いしていると、

 べこっ! べこっ!

 わっ!
 きゃっ!

 突然飛んできた雪玉二つ。振り向けばおなかを抱えて大笑いしているノゾミ。
 リカとミキは顔についた雪玉を払うと無言でお互いの顔を見合った。

 こらっ! ののーっ!
 やったなぁーっ!

 あーあぁ。まったく…。
 玄関に避難したサユミの上からひょっこり顔を出したカオリはやれやれと深いため息。
  みんなコドモねぇ。
 ほんとですよねぇ。
 しょーがないねぇ。まったくと笑いあう。
 カオリはサユミの肩を抱くと、さ、行こうかと降りしきる雪の中へと踏み出した。

 決して激しいとはいかないまでも、やめ気配もなく灰色の空から舞い落ちる雪。
 カオリは時間を確認すると、大きく息を吸って集合をかけた。
 号令一下、雪玉を投げ捨てて整列する隊員たち。
 美しく整った敬礼を交わすその表情は、先ほどまでの無邪気な笑顔から緊張感に強張った兵士ものへと変わった。
 
      *

 ワイパーが重たそうに雪を払う。
 ガタゴト揺れながら、雪に足元を取られないように慎重に進むポンコツトラック。

 見渡すがきり一面の白い世界。
 道も、辺りに薄く草の広がる荒野も、木も。

 空から舞い降りる雪は、ただひたすらに冷たい風に乗り降り積もる。
 粛々と、深々と。
 静かに静かにそこにあるすべての物に降り積もる。

 振動を体で受けながら引き金を引き続ける兵士の上に。
 凶弾を受けて事切れた亡骸の上に。
 傷口は赤い血をうっすらと滲ませながら凍っていき、流れ出た赤い血は雪の中に溶けて消えていく。

 雪の降る音無き音。
 相棒が止まる音も、乙女隊の面々が戦場へ駆け出す足音も瞬く間に掠れていく。

 見上げる灰色の空は低く重く世界にふたをするようにのしかかる。
 舞う雪だけが軽やかに踊っていた。


■                                                            ■


 ストーブの上のやかんがしゅんしゅんと音を立てる。
 リカがティーポットにやかんのお湯を入れていると、ママからもらった昨日のケーキを持ってミキが隣に座った。
 温かい紅茶のいい香りが鼻をくすぐる。
 窓の向こうはちらちらと舞う淡い雪。

 どうりで寒いわけだ。
 ね。今日休みでよかったよ。

 まだ降り始めた淡い雪は地面につくとすぐに溶けて消える。
 暖かい海沿いの町には珍しい雪の午後。
 温かい紅茶と甘いケーキ。
 のんびりとした休日は、窓の向こうに雪を躍らせながら静かに穏やかに流れていた。

 

(2010/8/15)

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